2014年10月11日

人生いろいろなことがあります。

2013年から2014年にかけていろいろなことがありました。

4歳の時からあっていない息子は今は中学生です。
当たり前の事ですが養育費も滞りなく振り込めています。

過去のことが冷静に振り返ることができるようになりました。

離婚して良かったと思えるようになったのです。

息子に会えないことは寂しく思います。
それでも離婚してよかったと思っています。

東日本大震災があった1ヶ月前に転職が決まっていました。
後輩がぜひ来てくださいといって紹介してくれた会社。

東日本大震災が起きた1週間後には内定が取り消しになりました。
どうしたらいいのだろうと悩み考えました。

さらに、その時に食中毒になり3週間の入院です。

退院した時には体力もなく途方にくれていました。

もう二度と会社には勤めないと決めて自宅で仕事をするようになりました。
半年間収入はありませんでした。

でもそれから徐々に収入が増えて、今年の2月には法人化することができました。

失意にくれていた自分が今は前向きに希望をもって歩いています。

なんとかなることもあるのだなと、生きていてよかったと思えるのです。
これからも、色々なことが起きるはずです。
それでも、生きていればなんとかなると思えるようになりました。


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posted by 利之 at 18:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 体験談>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月10日

最近考えること

最近、このようなことを考えます。

いいエネルギーについてです。

幼児期
いいエネルギーの代表格が子供を抱いたり、おぶったりするママとのスキンシップ。
もちろん、父親でもいいのですが、やっぱりママかな。

成長期
ママが勉強しなさいとか、うるさい小言もいいエネルギーの要素が高いです。


これは、高校生の姪と話していて気づきました。

ママ(私の妹)やババ(私の母)が勉強しなさいとか、こうしなさいという方法論はほとんどの場合間違っています。
言いすぎて、「やる気なくした」みたいなことになります。

姪と私の関係はというと、小さいときから年に1〜2回プレゼントを買ってあげました。
姪に言われるのですが、「じっちゃん(私)はいつも一番好きなものを買いなさい」と言っていたということです。
それで、ママとは違って優柔にならなかったと言っていました。(妹は決められないタイプで娘によく相談しています。)

最近では高校入学のお祝いに自転車をプレゼントしました。
気に入ったものがなくて、いろいろな自転車屋さんに行きました。
たっぷり、半日かけました。このようにして、自分の好みや決断力が培われるのだと考えています。
また、年に1〜2回の叔父の役割としてできることです。

その子のためにかけた時間がいいエネルギーなのだと考えています。

ママやババはいろいろなアドバイスをします。(私は好きなことをしなさいとだけ言います。)
ママやババの方法論は90%間違っている、なぜなら、現在の高校生としての姪の悩みや立場になりきれないからです。
それをうざいとか面倒とか感じるのは当然です。

しかし、ちょっと第三者の目線で見たらどうだろうかと姪に話しました。
ママやババの面倒なお小言は娘・孫が心配だから一生懸命言ってくれているということ。
そして、それはママやババの貴重な命の時間を割いて、姪のために、考え、言ってくれているということになる。


ママやババの「答え」は90%間違っている、でも、愛情という点では100%のいいエネルギーということになる。
うざいとか、めんどうと思っていいし、違うと言ってもいいし、腹を立ててもいいけど、姪本人に対する「愛情=いいエネルギー」ということだけは理解しよう。
このようなことを話します。

高校2年生はにもなれば、きちんと話すと、この程度のことは理解します。
女の子だからかもしれませんが。


これらは、仮説なのですが、生まれてからのスキンシップが多い子ほどこのようなことを理解できるようになるのではと考えています。
もちろん、スキンシップの一番はママです。そして、パパ、おばあちゃん、おじいちゃんのスキンシップも大切です。
また、おじさんやおばさんなどのスキンシップもいいですよね。
(スキンシップの表現方法は関係性により異なると考えています。→ママの抱っこが最強です。)


このようないいエネルギーをたくさん受けると、その子のエネルギー=パワーが大きくなるように感じます。
そのパワーは運がいいとか表現されます。あるいは、仲間が犯罪に加担したのに自分だけ拒否できる力(勇気)に変換されたりするのではと考えています。
これは、仮説なのですが、自分の人生を振り返ってもこのように感じます。


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2013年02月06日

少し面白いゲームを

知人のブログを見ていたら面白いゲームが載っていました。

禁断のゲームということです。

実際にやってみたら、なかなか的を得ている気がしました(笑)

それで、このゲームを載せてみます。

では、さっそく始めます。

ここからゲームです。

禁断のゲーム ...

これはたった3分でできるゲームです。
このゲームによりたくさんの人が幸せになりました。

人間の縁を力を使ったゲームで、実行すると願い事が叶ってしまう禁断のゲームです。

はじめる前に以下のことを約束してください。

◆絶対に先を読まないこと。
◆1行ずつ進んでいくこと。
そして願いが叶うと信じること。

たった3分ですから、ためす価値は充分にあります。
まず、メモをご用意下さい。
携帯のメモ帳でも構いません。
以下の手順にそってゲームを進めてください。
必ず1行ずつ進んでいってくださいね。

@まず、1から11までの数字を縦に書いてください。


A1番と2番の横に好きな3〜7の数字を書いてください。


B3番と7番の横に興味のある異性の名前を書いて下さい。


C4,5,6番の横にそれぞれ、自分の友達の名前を書いて下さい。


D8、9、10、11番の横に、好きな歌のタイトルを書いて下さい。


E最後に叶えたい願いを頭に浮かべて下さい。


ここまでで準備は終わりです。
下の結果が貴方をとりまく縁です。

※このようなゲームでした。この結果は続きをよむにてどうぞ。
 
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2013年01月30日

一瞬の決断と命、そして頑張っている自分へ

今年は1月1日から大変でした。
親戚のお姉さんが緊急入院、一時は覚悟してくださいと医師から言われたほどです。
母があまりにも心配するので、病院に行き、手術の経過を見守りました。
5時間余りの手術が成功しました。

今は退院しています。

原因ははっきりしないのですが、便秘が要因の一つです。
大腸の80%が壊死していて、大腸をほとんど摘出しました。
2か月前に大腸検査をした時には、何も異常がなかったそうです。

体の異変はいつ何が起こるかわからないと痛感しました。

緊急の場合に異常がみられたら、遠慮なく救急車を呼んだほうがいいです。
救急車で運ばれた場合は、病院に着くと優先的に治療を受けることができます。

親戚のお姉さんの場合はお正月で家族がそろっていたこと。
お正月から救急車を呼ぶと近所迷惑となること。

この理由で家族で運んだそうです。

血をはいて意識が混濁していたにもかかわらずです。
その為、病院で治療を受けるためにかなり待たされたそうです。

そして、バイタルサインが低下して、一時は覚悟してくださいというドクターの説明を受けました。

このようなケースは経験したことがない方がほとんどですので知っていると、いざという時に役立ちます。

父は救急車で運ばれましたが、私が病院に着いた時には心臓が止まっていました。
そして、その鼓動を再び聞くことはありませんでした。

私は、友人、親族を含めてこのような経験をしたことが何度もあります。

急に苦しみだした友人を病院に連れっていったときには夜間ということで見てもらえませんでした。
その為、別の病院に行ったのですがかなり待たせれました。

とても苦しんでいてもです。

病院にもルールがあるので、単純に非難はできません。
その為に救急医療があるのですから、緊急の場合は遠慮なく救急車です。

緊急であるかどうかは、主観で判断していいように思います。
一般的には医療の知識が少ないですから。

今回の場合や血を吐いて、意識が混濁して、その後意識を失ってしまったのです。
救急車を呼ぶのがベストだったと考えます。
結果として、助かったからいいようなものの、もしもの時は後悔が残ったかもしれません。


現在、親戚のお姉さんは回復して自宅療養をしています。

退院前に病院にお見舞いに行ったときに、このようなことを言っていました。

「大腸が90%以上なくなってしまったんだけど、もう少し早く手術をしていたら、こんなにとらなくても良かったんじゃないかな」

私にとっては命が助かって良かったということなのですが、本人の思いは異なります。


一瞬の判断で物事の展開は変わっていきます。


もちろん、離婚もそうです。

「思考して、判断して、決断する。」

決断するのは瞬間です。

そして、決断すると結果がでます。

最良の結果から最悪の結果まで、結果はいろいろです。

最悪の結果であったとしても、保留をして決断をしないよりはいいと考えています。


最悪の結果だとしても、一度でた結果について変えようがありません。

だから、結果が出たときはどのような結果であろうとも受け入れて、次のステップに進むことが大切だと思います。

その繰り返しが、今を生きていることだと思うのです。


時々、離婚した当時のことを考えますが、今の思いと、過去の思いには隔たりがあります。

今は結果を受け止めて、前に進むことができています。


後悔もほんとうに少なくなりました。

ここ数年の中でいろいろなことが起こりました。


離婚ということから切り替えて、今、こうして生きていることを噛みしめています。
このような想いに至ることがあるとは、当時は考えることはできませんでした。

でも、今はこのように思うことができたのです。


決断して、出た結果を少しずつ受け入れて、生きてきたからだと感じています。

大切なのは「思考して、判断して、決断して、出た結果を受けいれる。」

「どんな結果がでても自分を受け入れること、鏡に映った自分に、良く頑張っているなと声をかけてあげる」

そして、少しずつ次のステップに進むことのような気がします。


ブログを読んでいただいている皆さんは頑張っている方だと思います。

時には目いっぱい、ご自身をほめてください。

「よく頑張っているね」と。



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posted by 利之 at 15:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 体験談>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月11日

6年ぶりに再会した友人2

「でも、ダメなんだ俺」

このように、言った後、彼はさらに続けた。


「子供にやさしくできないんだ。」

「80に近いばあさん(彼の母)にまかせっきりで。。。。うまくできないんだ。」


彼はこのように、話してくれた。

それから、今の彼の悩みや離婚までのいきさつなど、いろいろ話してくれた。


まったく、私と正反対だった。

彼自身は子供は母親といるのがいいと考えていた。

そして、親権は彼が臨んだことではなかった。

彼も離婚調停をしたのだが、その時は母親が育てるのがいいと話したということだった。


相手のほうは、子供は彼が育てて自分は好きな時に会いたいということだった。


結果的には彼が育て、2か月に1回、母親と子供があるういうことになった。


自分の場合はお互いが親権を主張し合ったのだが、彼の場合はお互いが親権を譲りあった。

いろいろ、聞くと私と正反対の体験だと強く感じた。

このようなこともあるのだ。


人それぞれ色々な選択があり、その選択により人生の流れが変化する。

行動を起こさなかったことや、言い出せなかった言葉をふと思い出すことがある。

「このように言っておけばよかった」とか、「やっておけばよかった」と考えたことはたくさんある。


離婚をしたこと、離婚調停をしたこと、離婚裁判をしたこと、とても大変だった。

でも、この行動に関しては後悔はない。

結果は思うようなことではなかった。

結果を恐れて何もやらなかったら、今、どれほどの後悔が残っていたのだろう。

彼との再会はこのように確信させてくれた。

人生は思うようにはいかないが、仮に、その時うまくいっても将来までうまくいくとは限らない。

「やりたいことをやる」「やるべきことをやる」

その結果をありのままにに受け止める。

このことが、とても大切なんだと確信した。


そして、彼はもうひとりの私なんだとも思えたのでした。

ついつい、結果に翻弄されてしまう。
それは、仕方がない、でも、そんな時は執着しているものから離れて客観的にみることも大切。

そのように思えたのです。



後悔して生きるのではなく、ありのままを受け止めて一瞬一瞬を大切にする。


不思議な偶然が教えてくれた。



大切な気づきを得ました。





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posted by 利之 at 04:11 | Comment(2) | TrackBack(0) | 体験談>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月04日

6年ぶりに再開した友人

きっかけは、偶然かかってきた電話でした。

6年ぶりでした。

久しぶりに飯でも食べようということになって、近所のガストで待ち合わせしました。

もちろん、お互いの近況も知りません。

少し年取ったけどお互いに変わっていない感じの会話。

もちろん、彼は私が離婚したことは知りません。
まして、離婚調停や離婚裁判をしたことなど、話したほうがいいのか少しためらいました。


でも、いずれ話すのだから、早く切り出したほうがいいと判断し、切り出しました。

「実は、俺、離婚したんだ」

それから、いきさつなど簡単に話しました。

まあ、いろいろあるよね。

このような反応でした。

そこから、最近の仕事の話などを彼がいろいろと話し始めました。

まあ、世間話といった感じです。


しばらくすると、彼が深刻な表情で「実は。。。。。」

少し話ずらそうな感じでした。

「俺も離婚したんだよ」

「えっ。。。。」と俺。


それから彼が話してくれたことは、深刻な話でした。

彼も5年前に離婚したということでした。

そして、彼の場合は相手(元妻)が子供置いて出ていったといいうこと。

当時、2歳と7歳だったそうです。

ローンが残っていた家を売却し、実家に戻り、おばあさんが子供たちの世話をしてきたそうです。

ほんとうに大変だったと言っていました。

当時2歳だった息子がひとりでご飯を食べられるようになったときに、涙がこぼれた。

その時に「彼の目はうるんでいました。」

「よくがんばってきたね。」

こんな言葉しか出てきませんでした。


「でも、ダメなんだよ俺」
ポツリと彼が言いました。

一瞬の静寂、彼の言葉を待つ私。

それから、彼が話してくれたことは、私の環境と全く逆の立場で、とても深く考えさせられる内容でした。

そして、彼の話からいろいろな気づきを得ました。

話が長くなるのでこの続きは次回にします。





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2012年05月03日

養育費について

毎月、月末に養育費を振り込んでいます。

離婚が成立してから時間がたっても子供との思い出は忘れがたいものです。

そして、よりリアルになるのが養育費を振り込む日です。

何かできるわけではないので、せめてこの養育費が役に立つようにというような思いでいます。


ところが、養育費を継続できない方もたくさんいるようです。

何かの拍子に、結婚してますかと聞かれます。

「×1です」とか「結婚してました」
このように答えているのですが、なんか慣れてしまってさり気なく普通に言います。

「お子さんは?」

「います、男の子」

「何歳。。。。。。」

このような会話が続くのですが、なぜか養育費の話になります。

払っているかどうかとか、いくらぐらいなのか聞かれることが多いのです。
やはりこの手のことは皆さん興味があるのかもしれませんね。


そして、毎月払っていることを言うと、かなりの確率で褒められます。

そして、決まって友人は養育費をもらえず大変だというような話が出てきます。

養育費は子供のためのものですが、皆さんいろいろな事情を抱えているのだと思います。



私自身、いろいろな事情を抱えて、離婚したのですが、時とともに冷静に振り返ることができるようになってきました。

以前は養育費の振り込み日には、何とも言えない複雑な気持ちになったものです。

子供に会うことができないことが、一番、つらかったのです。

その日は、相手を恨んだりする、自分の感情たいつもより出てきました。

ところが、最近はおだやかな気持ちでいることができます。

人間変われば変わるものだと思います。


さて、話は変わりますが、最近、6年ぶりに友人と会いました。

お互いの細かい事情は知らなかったのですが、あってビックリでした。

彼は、私とは全く正反対の立場でした。

奥さんが、子供を置いて出て行ってしまったのです。

そして、離婚調停を行い話し合った結果、彼が子供を育てています。

中1と小2とのことでした。

あまりにも、私のケースと真逆なので、驚くとともに、彼の複雑な気持ちも少し理解できました。

離婚裁判の時は、将来のことなんて冷静に考えることができなかったのですが、今は、「このようになっていくのだな」というような少し第三者の目でみることができるようになりました。


彼に聞いた話やここ1年間の私の心の整理を踏まえて、離婚について少し第三者の目で自分を見つめて話をこれから少しずつ続けささていきます。


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posted by 利之 at 20:19 | Comment(2) | TrackBack(0) | 体験談>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月24日

離婚の気持ちを片づけることと整理することのちがい

離婚調停や円満調停は調停委員という第三者を通した話し合いです。
話し合いといっても、実際にはかなり突っ込んだ内容になります。

不快に感じたり、一方的に感じたりするかもしれません。
調停委員は一般の人ですから、基本的には素人です。
(とても経験のある素人ですが)
なかなか、双方が納得できるところまでいかないのも現実です。

また、調停は成立する場合と不成立という場合があります。
かならず、白黒をつけるというものではありません。
この点が裁判とは異なります。

裁判は判決となるか、和解となるかですが、いずれにしてもはっきり結論がでます。
この点が調停とは異なります。

お互いが100%満足するなんてありえないです。

一方が納得できれば、もう一方は納得できないのは当たり前です。
どちらにとっても100%というのはありません。

ある程度納得できたとしても、不満は残りますし、全てが不満といことだってあり得ます。
そして、裁判が終われば、はっきりと結論はでます。

離婚が成立しても、成立しなくても、養育権が認められても、認められなくても、
面接交渉権があっても、なくても、判決には従わなくてはなりません。
だから、どんな方法をとっても勝つ為に悔いなく戦うことが必要です。
(それでも、必ず悔いが残ります。100%はないです。)

ということは、その後の考え方で人生が変わります。

よく、時間が解決すると言われますが、時間が経つといろいなことが薄れてきますが、
解決はしません。

過去を振り返るのは、ある程度の時間が必要です。
その長さは、個人によってちがうでしょう。
1か月程度で済む人もいれば、数年かかる人もいるでしょう。
また、十年以上かかる人もいるかもしれません。

でも、過去を変えることはできませんから、いつもでも過去にとらわれていては幸せとはいえません。

これは、過去(離婚)を片づけるのと、整理するということの違いです。

整理というのは、並べ替えたり、置き換えたりすることです。
片づけるのは自分にとって必要か、必要でないかを考え、不要なものを捨てることです。

いくら整理しても、あなたの幸せにとって必要のないものを残していることになります。

離婚気持ちを整理しても、なんとなくすっきりしたような気はしますが、並べ替えただけで必要のないものまでとってあります。
なかなか、自分では気づけないことですが、これが、少しずつあなたの心のゴミとなり、
あなたを苦しめる原因になってしまいます。

ですから、離婚の気持ちを片づける必要があります。
心の中にたまってしまっているちりやごみを捨てるのです。

気持ちという目に見えないものを捨てるのは、簡単にいきません。
これを捨てるといっても、もののように捨てられません。

ですから、きちんと順序をきめて、片づけることです。
私はなかなか気持ちを片づけることができませんでした。

ところが、父が急死したことや、自分自身が病気で入院したこと、命にかかわるようなことを経験したときに、行ったことが気持ち(心の中のごみ)を片づけるにつながりました。

実は、誰かの死や自分の病気を経験しなくてもできることです。
ほんの少しの勇気があればできることです。

本当に少しの勇気で大丈夫です。

まずは、あなたが気持ちを「片づける」ことと「整理する」ことの違いを認めることです。

ここからはじまります。

「片づけ」と「整理」このちがいを認めることができれば50歩ぐらい前進します。

心のを見つめるのはとてもつらいことです。
今見つめるのが大変だったら、時間をおいても大丈夫です。

心を見つめる勇気ができたら片づけはじめましょう。

片づけるコツは簡単です。

次回は私がした、片づけをお話しします。

気持ちを片づけることができると、本当にスッキリします。

そして、いろいろなものが見えてきます。





タグ:離婚

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posted by 利之 at 14:36 | Comment(7) | TrackBack(0) | 体験談>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月19日

離婚と直面する。

裁判で離婚が成立するということは、戸籍に裁判離婚という記録が残るということです。

この事実をどうのように受け止めるかというのは人それぞれ考え方が違うと思います。

こういった書類もひとつ、ひとつ、もう一度見直していくと感想が違ってきます。

裁判で離婚が成立した当初は、判決を無理やり納得していた。

裁判所で決まったことなのだから仕方ないのだと。

それから月日が経過して、裁判の戦い方が悪かったのだと実感してきた。

戦い方に後悔もあった。

当初は正直に、誠実にと思っていたし、裁判でもそれは貫いた。

でも、以前にも書いたと思いますが、離婚調停とちがい、離婚裁判は戦いだから、有利か不利という考え方で嘘も方便でいいということに気が付いた。

相手がそうだったからよく分かったのだが。

世の中に真実とか事実はたくさんあるけど、裁判に真実や事実はないなと思ったのです。

そして、それは今もかわらない。

お互いの言い分が違うのだから、両者とも自分が正しいと主張するから争って裁判になるんだから、裁判官が信じられる妥当性を見つけられればいいのだし、過去の判例から逸脱しないようになるのは明白だ。

だから、情など断ち切って徹底的勝てる要素をみつける。

そして、証拠として提出し主張するこれだけだと思う。

離婚調停とか円満調停とか話し合いの段階ではまた対応がことなる。

裁判とはそういうものだと身に染みた。

そして、かなりの期間、頭の中でそういったことが思い出された。

自分は納得した、大丈夫だと言っていたが、本当はいろいろなことを考えていた。

時間の経過だけでは埋めきれないものもあった。

ところが、最近、そういったことがさっぱりなくなった。

いつも、心の中に占めていたおもりと、霧がなくなった。

心の中のヘドロがなくなった。

いろいろなことをすっきりと考えられるようになり、体調も良くなった。

更に、太りがちだった体重は7キロも落ち、あらゆる面でスッキリしているのだ。

人間考え方により、ここまで変わるのかと思う。

そして、スッキリする前の行動を思い出した。

このことは次に話します。

離婚に直面し、相手に不信感を持っているとき、心は重く、体も重い、霧も晴れず、

焦り、怒り、悲しみ、後悔など本当にいろいろな感情がわいてくる。

でも、これだけはわかった、少し時間が必要かもしれないが、心のあり方で今がどんなに逆境でも生きていれば必ずよくなります。

良くなりたいと願えば本当によくなります。

今を悲しんでいる方、苦しんでいる方、悩んでいる方、必ずよくなるから生きていこう。

タグ:離婚

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posted by 利之 at 05:57 | Comment(7) | TrackBack(0) | 体験談>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月16日

離婚について悩んでいる方へ

私の体験談の中で、今までフォーカスしてきたのは、離婚調停に直面した時からのことです。

離婚調停が不成立となり、離婚裁判となり、さらには離婚裁判で和解が成立せずに、判決離婚となりました。

私の体験したこのようなケースは離婚する方のなかでも珍しいケースだと思います。

このような体験をブログにすることにより、実際に不安を抱えている方の参考に少しでもなれたらいいなと考えています。

離婚調停や離婚裁判をすることにより、わかってくるのは相手が今までどのように私を捉えていたかということでした。

さまざまな書類が私を最低の人間のように非難します。
そして、わずか、1年前は愛があったと思っていた妻も私の全人格を否定するような文書を作成します。

この裁判の記録は今でも残っていて、いつでも見ることができます。

その内容を見ると、今でも当時のつらい心境が思い出されます。

そして、離婚調停や離婚裁判は戦いと認識しました。
この戦いに勝つ為には、人間らしい誠実さや道徳なんて必要ないと思いました。
そして、様々な矛盾や自己矛盾などを抱えることになりました。

離婚調停や離婚裁判は条件を争います。
両者が納得、満足なんてことはありません。

そして、争い(離婚調停・離婚裁判)が終われば、その先の人生と向き合うことになります。

皆さんもご存じだと思いますが、離婚をしたら全てがうまくいくわけではありません。

今は、自分自身、そのことを噛みしめています。

まして、私の裁判は相手有利の判決でしたから。

長い人生を考えると、離婚という結果をどのように生かしていくかが必要でしょう。

よく、時間が解決してくれると言います。

時間はゆっくりと苦しかった記憶を薄れさせてくれます。
でも、過去を忘れさせてくれるものではありません。

過去と決別して、離婚という結果を生かしていくには私自身の考え方を変える必要がありました。

今回、私は病気になり、一瞬でも死に直面したり、病床で過去の様々の思い出と直面したりしました。
自分自身のふれたくない傷を再度見ることになりました。
過去を振り切ることができていなかったことに気づきました。

それで、過去に片を付けるための片づけを始めたのです。

今は片づけをある程度終えて、自分の過去としっかり向き合うことができました。

頭の中がスッキリしています。


そして、ひとつ確信が持てました。

現在、離婚を考え不安を抱えている方、迷っている方、悩んでいる方、離婚調停を控えている方、離婚裁判を控えている方など。

今、問題を抱えている方こそ、「過去に片を付けて、ご自身の希望をはっきりする」ことが大切だと思うのです。

当然、離婚調停や離婚裁判の戦略や戦術も大切です。

でも、あなたご自身の本当のお気持ちが大切なのだと思います。

今後、私が行った「過去への片の付け方」を紹介していきます。

あなたご自身のために少し参考にしてみてください。


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posted by 利之 at 17:27 | Comment(4) | TrackBack(0) | 体験談>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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