2006年05月29日

妊娠したときに言われたこと

妻が息子を妊娠したときに言われたことで、印象深いことが二つあります。

一つは、子供ができたこと知らせてくれたことです。
とても嬉しく、ほんとうに喜びました。
あまりの喜び方に、妻もびっくりしていたようでした。

そしてもうひとつ。

これはあまり聞きたくなかったことです。

ちょうど妊娠をするひと月まえほど、義父が3日ほど泊まりにしました。

その時に、義父と温泉に行きました。
二人で露天風呂に入りながら何でも協力するから、
本当の父と思い、何でも言ってくれと言われたことに感激していました。

しかし、妻は妊娠をしたことを告げた後に、
この間、お父さんが来た時にいつでも戻ってこいと言われたんだよと、
何気なくうれしさのあまり言ったのです。

私は、やはり向こうの家庭ではこの結婚について、
当初から快く思っていなかったのかなと改めて思いました。

また、この間私に言ったこととは反対で、
何でも言える人なんだなと義父に不信感を覚えました。

妻はいろいろ計算してことを進めますが、
時としてこのように本音がでます。

裁判までしたのは、この本音を知ることとなったからです

子供に会う権利が二人ともあると妻は言い。
私に無条件で離婚届のサインを迫ったのです。

私は、危うくサインするところでした。
しかし、いつ、どのように会うのかというような話をしていた時に、
私は本当は会わせたくないのよねと口に出したのです。

義父のこういった発言や、
妻のこういった言葉を何回となく、その後聞くことになります。

そして1番最初の言葉が、妊娠をしたときの妻の告白だったのです。

それでも、私は妻のことをついこの間まで、愛していましたから、
いつもいつも、妻の言葉に一喜一憂していたのです。

しかし、今では離婚調停、離婚裁判が私を強くしてくれました。

それ以前に、

うつ病を克服したことが、私を強くしてくれたのかもしれません。

タグ:離婚

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posted by 利之 at 04:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 体験談>結婚生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月27日

結婚してからの生活

息子が生まれる前、妻は1カ月のうちに2週間から3週間
東京に帰っていました。
当初、半年位はホームシックなのだから仕方がないと思っていました。

しかし、みんなで泊まるからといって、実家に帰るだけではなく、
男友達の家に泊まりに行ったりすることに関しては、控えてくれるように言いました。
こういったことが、何度もあったからです。

そうすると、妻は、落ち込んでいたことを覚えています。
私は、仕事から帰ってきて、妻の笑顔がみたかったのですが、
よく、「ここは東京じゃないから」と言われてしまいました。

今考えてみれば、彼女には、東京から離れた生活は無理だったのです。

ですから、このときに別れていればよかったのだと思います。
しかし、私は妻を愛しいましたし、幸せにしようとも思っていました。

だから、必死で、がんばろうと思っていたのです。事実がんばっていました。
もちろん、妻が、ひと月の半分近くはいませんから、
独身のとき以上に家事もできるようになりました。

それでも、妻が、笑っているときはとても幸せを感じていたことを覚えています。


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posted by 利之 at 22:35 | Comment(2) | TrackBack(0) | 体験談>結婚生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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