2008年02月15日

離婚調停や離婚裁判のときの気持ち

離婚調停が不成立となり、離婚裁判となりました。

そのときに相手方からの訴えがはやかったため私は被告という立場になりました。
裁判の準備4←参考までに

今振り返ってみると、これはまずかったなと思います。離婚調停の時から相談していた弁護士からは離婚裁判の訴状の案はできていました。
相手を(妻=息子の母)被告にしないというような想いがありました。
そして、その時点では妻を被告にしなかったという安堵感などもありました。

しかし、この点が離婚調停においても、離婚裁判においても、私の欠点だったと考えます。自分のことですから、少し優しく言わせてください。「性格の優しさだったのです」(笑)「かっこつけ」(笑)「優柔不断」(爆笑)
ほんと、馬鹿だったのです。本質がわかってなかったのです。

自分がほんとうに何を望んでいたのか。その為に、何をするべきだったのか。
言うまでもなく、私は離婚調停のときも離婚裁判の時も子供の親権を望んでいました。そして、このことは揺るぎのないものでした。

今だから言えるのですが、この一点にしぼって徹底的に戦っていたら、結果はもう少し違っていたかもしれません。
相手の一番の痛いとこを徹底的につくべきだったと思います。
離婚裁判に勝つためには。。。

ところで、勝つ負けるはどのように決めるのでしょうか?

この離婚裁判において、相手の要求してきた金銭は
慰謝料800万円  養育費6万円です。

この金額に対しての判決については、多分、私の勝ちだったと思います。しかしながら、私の望んでいたことは、子供の親権です。

その点では負けです。

離婚裁判は結果がでます。

離婚の成立 子供の親権  養育費  慰謝料 

どんな結果が得たいかにより、作戦は違うと思います。

私の場合は「子供の親権」が得たかったのです。

だったら、先に提訴するべきでした。迷わずに。。。

これは、今だから言えるのですが。。。

離婚調停のとき、離婚裁判の前。。。。

私の行動を止めていたものがあります。

妻が少しは変わるのではと思っていたのです。

恥ずかしい話ですが。。。妻を信じる心が残っていたのです。

というようりも、信じたかったのかもしれません。

そして、離婚調停を通して相手方が変わると期待していたのです。

ほんの数パーセントでも期待したのです。

この自分の心が離婚調停から離婚裁判までの私の動きを鈍くしました。

今ははっきりわかります。相手が変わることを期待してもダメということが。。。。。
相手を変えることはできないのです。
もしできていたとしたら。。。こんな争いにはなりません。

「相手を変えることはできない」
だったら、どうすれば良かったんだろう。。。。
あれから、いろいろ考えました。

そして、今たどりついた考え方

「相手を変えることはできない」
できることは。。。
「自分を変えることだけ」

このことが、今の私のひとつの考え方です。

そして、離婚調停や離婚裁判の過程でこのことに気づければよかったのでいはないかと思っています。

離婚調停や離婚裁判が終わり。。。自分を振り返ることもできるようになりました。

本当にあの時は不安、焦り、怒り、悲しみ、苦しみ。。。
いろいろな気持ちになりました。

離婚裁判の判例を探したり、離婚調停のブログを探したり、弁護士に話を聞いたり、友人に話を聞いてもらったり、1日のうちに気持ちの浮き沈みが激しかったときもたくさんありました。

こんな時はどんなだろう。。。。
これからどうなってしまうのだろう。。。。
弁護士はこう言ってるけど大丈夫なのかな。。。。
友人は。。。親は。。。

調停委員は。。。
裁判官にこんなことを聞かれたが。。。

自分の将来は。。。子供の将来は。。。

その時は自分はしっかりしている、冷静だと思っていました。

そして、いろいろな情報が知りたかったのです。

特に離婚調停と離婚裁判の情報が知りたかったのです。

今、このブログを書いている理由は、
離婚調停や離婚裁判に直面している方にとっては、
私の体験でも役に立つことがあるかもしれないという想いがあります。

そして、自分を振り返り、前向きに生きたいという想いもあります。

たいした情報ではありませんが、知りたいことががあったらコメントをください。

ひとりでいるのは苦しいものです。

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タグ:離婚

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2007年07月28日

裁判の準備4

離婚裁判の準備として訴状の原案を弁護士に送付しました。

いろいろな思いがあって、訴状のチェックに
3週間ほどがかかってしまいました。

このときはとても複雑な思いでした。

妻の態度はひどいと思っていたのですが、この時までは
妻を思う気持ちがまだかなり残っていたのだと思います。

妻の父から以前電話があったときに、提訴してやる。
法廷の場で決着をつけてやると言われていました。

離婚調停が不調に終わった段階で
相手方も弁護士に依頼していることはわかりきっていました。
それでも弁護士を通して
もう一度話し合いがあるかもしれないとも思っていたのです。

今から思うとなんと甘い考えだったのだろうと思います。

私の気持ちとは反対に
もうすでに相手は戦う準備をしっかり整えていたのでした。

私が妻を被告人にしていいのかどうかなどと思い悩んでいる間に
相手方はしっかり離婚裁判の準備をしていました。

私が訴状の原案を弁護士に送ってから、
数日して私の弁護士から連絡が来ました。

それは相手方がこちらより早く訴状を家庭裁判所に
送ったという連絡でした。

メールにての連絡で相手方から訴状が出ましたという連絡です。
数日したら私のところに届くでしょうということでした。

今考えたら、甘かったなというのは
相手方から先に訴状を出されたということです。

もしかしたら、こちらが訴状を先に出していれば
結果が多少違っていたかもしれないとも今は考えています。

結果だけ考えれば離婚裁判においては先に攻撃した方が
有利のように思えるのです。

しかし、妻を被告にしなくてよかったという思いは
実は今でもあります。

いきなり、被告という言葉はさすがにきついですから。
この辺が私の甘さかなと思います。

あるいは被告という言葉を重く感じすぎるのでしょうか。
私は離婚の知識はこの体験をするまでほとんどなかったのですが、
大学が法学部でしたので多少の法律用語は知っていたのです。
タグ:離婚

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2006年06月15日

離婚裁判の準備3

訴状の原案をチェックし、やっと弁護士へ送り返しました。

実際にはそんなに難しい仕事ではありません。

前にも話しましたが、妻を被告にしてしまう。

そんな想いが作業を困難にさせたのだと思います。



息子に会わせないようにいろいろな手段をとり実行している妻ですが

息子にとっては良い母親なのだと思うようにしています。

そして、それは事実だと思っています。



裁判を行い、彼女を被告にして争うことが
息子にとってはマイナスの要素だと考えていました。

こんな想いが私の裁判への準備を遅らせる結果になったのだと思います。


前にも話しましたが、こういった点が私の甘さです。

裁判が終わり、現在感じていることは、裁判は戦いだということです。

裁判は争いです。



裁判は事実や、真実を明確にする場所ではないのだと考えるようになりました。



裁判官は争いに対して判決という一つの方向性を指し示すのだと思います。

そしてそれは証拠というものに基づいて判断をしていくのです。

また、離婚裁判においては裁判官の裁量権というものがあり、必ずしも証拠だけで判断するのではありません。

裁判官への心証の善し悪しも判決にかかわってくるのと思います。


ですから、真実を明らかにするとか、事実をを明らかにするというような潔い良い態度だけでは

裁判に勝利することはできないのだと思います。



このことが実際に裁判を行い、法廷で証言し、法廷で尋問され、
法廷で反対尋問された私の経験から導き出されたひとつの考え方です。


今考えるとこのような結論になるのですが、この当時はこのような考えを持つことはできませんでした。

そういった事を知っていれば、判決も多少変わっていたかも知れません。


昔の言葉に「敵を欺くにはまず味方から」という言葉がありますが、

まさに裁判にはそのような部分も必要なのかもしれないと思います。


少なくとも私にはできませんでしたが、妻はシッカリと、そういった事をやっていました。
タグ:離婚裁判

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2006年06月14日

離婚裁判の準備2

妻を被告にして良いのだろうか。

こんなことを思い悩んでいるうちに

1日1日と、どんどん過ぎていきました。

弁護士から送られてきた訴状の案ををチェックし送付するまでに

4週間が過ぎてしまいました。


正直とてもつらい作業でした。

チェックをするために今までの記録を読み返しました。

離婚調停の時から徐々に振り返りつけていた記録は
かなりの量になっていたのです。

全てワードで記録してあります。

現在もきちんと保管してあります。


この記録がその後の裁判の証拠をまとめるためにとても役に立ちました。

しかし、この時は読み返すのさえ苦痛でした。


「なんで、こんなことになったのか。」

「やるからには子供のために頑張る。」



このような葛藤が1日ごとに変わっていました。

割り切って戦うと決意したのですが
簡単には思い通りにはいきませんでした。

そんな想いが訴状のチェックを遅らせたのです。

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2006年06月10日

離婚裁判の準備

離婚調停が不調に終わったあと、次のステップは本人訴訟になります。

私はこの離婚調停の後に弁護士と打ち合わせをしました。
まずは、本人訴訟のための必要書類を用意することになりました。

役所にて戸籍謄本をとりました。次に、附票ををとりました。

戸籍謄本については知っていたのですが、附票の存在は初めて知りました。

妻と息子が妻の実家へ住民票を移動していたため、現在の住所が確認できなかったからです。

附票には以前の住所と住所を定めた日、現在の住所と住所を定めた日が
記載されていました。

正直、私はそのような書類があることも知らなかったのです。
しかしながら、今はいろいろな知識と経験が身につきました。

弁護士は訴状の原案を作ってくれました。
そして、その原案を郵送してくれました。
私はその内容をチェックし、
訂正するべきところは訂正し送り返すことになっていました。


しかしこのとき訴状の原案を見て、私は訴状を出すことを躊躇しました。

 

   訴 状

○○家庭裁判所家事第○部 御中

       原告訴訟代理人弁護士  ○○○○

本籍  ○○○○○○○○

原告

○○○○(私)


本籍  ○○○○○○○○

被告○○○○(妻) 



1枚目はこのような形式で始まるのですが、
被告に妻の名前が載っているのを見て、少しためらいました。

それで、チェックをするのが遅くなりました。

離婚調停が不調に終わっていて、
あとは本訴しかないとわかっていたのですが、妻を被告にするのは
なんとなく嫌な感じがしました。

被告、被告、被告

私はこの言葉に、あまり良いイメージがなかったのです。

離婚調停も不調に終わり、妻からはかなりひどい言われ方をしていましたが、
まだなんとなく弁護士を通して話し合いで何とかなるのではないか
などという甘い期待と、妻に対する愛情があったのだと思います。


離婚調停ではあれだけ事実と違うひどい言われ方をしたのですが。。。

これが私の弱点なのでしょう。

タグ:離婚

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