離婚調停の2回目が終わり、いよいよ、夫婦の接点がないことがはっきりした。
弁護士とも相談し最終的な方向性を決めなければいけなかった。
調停をこのまま続けていくのか。
続けていくとしたらどういうところで折り合うのか。
このままお互いが親権を要求していたら話しは平行線である。
何度も何度も話した上で振り出しに戻る。
私が親権を渡すことに同意すれば別ではあるが。。。
正直、私は自分が冷静だと思っていた。。。
今振り返ると、この時はやはり、冷静ではなかったと思う。
相手方が調停を起こす前に義父から電話が来た。
無条件で離婚届にハンを押せということだった。
更に、こんなことも言っていた。
「こちらは弁護士を二人用意している。この間は一人と言ったが、二人なんだ。
あんたのことはすべて調べている。なめるんじゃないぞ。」
そして、今回の調停では1100万円という慰謝料を要求してきた。
子供に会わなければ、親権を渡せば、慰謝料は要らないということであった。
私は慰謝料を要求されるようなことはしていない。
私がうつ病にかかったことが悪いのであれば、義母はとそううつ病ではないか。
しかも、20年来の。。
このことは結婚の時知らされていなかった。
体が弱いということだけ聞いていたのだ。
だからこそ、結婚してから、そして子供が生まれてからも
妻が毎月2週間くらい実家に戻る事を了承していたし、協力してきた。
義姉夫婦よりも何倍も協力したきた。
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人気blogランキングへ私が休みの日には妻に休んでもらい、いつも息子と二人で過ごしていた。
6カ月から1歳ぐらいまでの間、毎晩夜泣きをしていた息子を
夜中に1時間も2時間も抱っこしていたのは私ではないか。
休みの日に日帰り温泉に行く時も0歳の時から息子は私と入っていた。
それもこれも妻の育児疲れを解消するためだ。
男風呂で赤ちゃんを入れているのは私だけであった。
でも、これはとても楽しい楽しい思い出だ。
家庭を顧みなかったなどと言われる理由も私には納得できなかった。
まして、妻のの妊娠中、つわりで苦しむ娘を見て義母は私に子供をおろして
離婚して娘を返せとまでいったのに。。。
義母「あなたの子供なんか、どうでもいい私は娘が大事だ。。。」
(病気が言わせたとうことだか。。。義父には黙っていた。。妻から頼まれたのだ)
このとき私は義母の意見に同意してしまった。。。
しかし、妻と話し合い、息子は無事に生まれてきた。
妻は生みたいと言ってくれたのだ。うれしかったし感謝している。
夜中息子を抱っこしている時に、いつも、このことを思い出した。
こんないい子を。。。あのとき。。。ごめんね。。。
だから1時間でも2時間でも息子を抱いていられた。
小さい軽い赤ちゃんでもずっと抱っこしていると腕がしびれ麻痺してくる。
でも段々強くなってきて長時間抱っこしていられるようになるのだ。
息子を抱っこして寝かせていたのはずっと私であった。
妻はこの子は抱っこしても寝ない子なのよと言っていた。
たまにはおんぶしてあげたらと言うと
「おんぶ紐がおっぱいに当たって痛いのよ、あなたは男だからわからないのよ」
と言っていた。
でも息子は抱っこされるのが好きだった。
3歳になっても抱っこを私にせがんでいた。
「お父ちゃん、ネンネちゃんしてよ。」
抱っこして歌います、子供の時からの子守唄を
「こうちゃんだよ、赤ちゃんだよ、こうたくんはいい子だよ。。。」
「赤ちゃんじゃない、お兄ちゃんって言ってよ。。。」
こんなふうに。。
今はもうほんとにお兄ちゃんだろうな。。。
そう言えば、赤ちゃんの時、夜中、色々な歌を歌いながら抱っこしていた。
象さんとか、からすの子とか、
でも、おもちゃのチャチャチャでも寝てくれたのは驚いた。
こうた君チャチャチャ。。。なんて歌ってるといつの間にかすやすや寝てくれた。
私は息子に対して負い目がある。
義母に遠慮しておろすことに同意したあの時。。。
仲の良い親子(妻と義母)を引き離してしまったという気持ちでいた。
だから、妻にはいつも遠慮していた。
妻は私が私の実家に行くのを嫌がったので。。ほとんど行かなかった。
「行くのなら私が実家に帰っている時に行ってよ。」
その通りにしていた。妻の実家では
「うちの娘は何でもできる子でなんでもやらせてくださいね」なんて言っていた。
なんなんだこの人たちは、色々話しを作って。。。
今度は、慰謝料と、自分の息子を、天秤にかけるようなことさせて。。。
「宏太、ごめん、お父さんは宏太を助けるぞ」
そんな気持ちであった。やはり冷静ではなかった。
それでも、このときは、まだ妻に対しての愛情は残っていた。
だから、このあと少し判断を間違えたようだ。。。
この判断を的確にしていたらもう少し違った結果になっていたかもしれない。。。
振り返ると、戦う時は徹底しなければいけないということが教訓です。
夫婦関係は調停で、どのように戻れるのか、戻れないのかの判断が難しい。
調停の時、私は義父や義母が妻の判断に影響を与えていると考えていた。
でも、違っていた。そこが甘かったのだと思います。
この後、裁判により妻の本音と建前の使い分けが私にはハッキリしました。
だからわかるのです、これは今後触れていこうと思います。
時々、男の方が弱いなんて自分自身にいい訳をしてしまいます。
でもこれは違いますね。私が弱かったのです。
こういった時に男も女も関係ありません。
したたかに、クールにそしてうまく立ち回った人が勝ちます。
それから、ルール(法律)をよく知っている人が勝ちます。
誠実とか正直とか、事実とか真実とかを判断するのは他人です。
裁判となると裁判官がはんだんするのです。
判断する人間に事実と認識させたほうがよりいい条件を勝ち取ります。
ここが大切なんだと今は実感しています。
もし、あなたが裁判になることがあったらこの言葉を思い出してください。
きっと役に立ちますから。。。