2014年10月11日

人生いろいろなことがあります。

2013年から2014年にかけていろいろなことがありました。

4歳の時からあっていない息子は今は中学生です。
当たり前の事ですが養育費も滞りなく振り込めています。

過去のことが冷静に振り返ることができるようになりました。

離婚して良かったと思えるようになったのです。

息子に会えないことは寂しく思います。
それでも離婚してよかったと思っています。

東日本大震災があった1ヶ月前に転職が決まっていました。
後輩がぜひ来てくださいといって紹介してくれた会社。

東日本大震災が起きた1週間後には内定が取り消しになりました。
どうしたらいいのだろうと悩み考えました。

さらに、その時に食中毒になり3週間の入院です。

退院した時には体力もなく途方にくれていました。

もう二度と会社には勤めないと決めて自宅で仕事をするようになりました。
半年間収入はありませんでした。

でもそれから徐々に収入が増えて、今年の2月には法人化することができました。

失意にくれていた自分が今は前向きに希望をもって歩いています。

なんとかなることもあるのだなと、生きていてよかったと思えるのです。
これからも、色々なことが起きるはずです。
それでも、生きていればなんとかなると思えるようになりました。


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posted by 利之 at 18:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 体験談>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月10日

最近考えること

最近、このようなことを考えます。

いいエネルギーについてです。

幼児期
いいエネルギーの代表格が子供を抱いたり、おぶったりするママとのスキンシップ。
もちろん、父親でもいいのですが、やっぱりママかな。

成長期
ママが勉強しなさいとか、うるさい小言もいいエネルギーの要素が高いです。


これは、高校生の姪と話していて気づきました。

ママ(私の妹)やババ(私の母)が勉強しなさいとか、こうしなさいという方法論はほとんどの場合間違っています。
言いすぎて、「やる気なくした」みたいなことになります。

姪と私の関係はというと、小さいときから年に1〜2回プレゼントを買ってあげました。
姪に言われるのですが、「じっちゃん(私)はいつも一番好きなものを買いなさい」と言っていたということです。
それで、ママとは違って優柔にならなかったと言っていました。(妹は決められないタイプで娘によく相談しています。)

最近では高校入学のお祝いに自転車をプレゼントしました。
気に入ったものがなくて、いろいろな自転車屋さんに行きました。
たっぷり、半日かけました。このようにして、自分の好みや決断力が培われるのだと考えています。
また、年に1〜2回の叔父の役割としてできることです。

その子のためにかけた時間がいいエネルギーなのだと考えています。

ママやババはいろいろなアドバイスをします。(私は好きなことをしなさいとだけ言います。)
ママやババの方法論は90%間違っている、なぜなら、現在の高校生としての姪の悩みや立場になりきれないからです。
それをうざいとか面倒とか感じるのは当然です。

しかし、ちょっと第三者の目線で見たらどうだろうかと姪に話しました。
ママやババの面倒なお小言は娘・孫が心配だから一生懸命言ってくれているということ。
そして、それはママやババの貴重な命の時間を割いて、姪のために、考え、言ってくれているということになる。


ママやババの「答え」は90%間違っている、でも、愛情という点では100%のいいエネルギーということになる。
うざいとか、めんどうと思っていいし、違うと言ってもいいし、腹を立ててもいいけど、姪本人に対する「愛情=いいエネルギー」ということだけは理解しよう。
このようなことを話します。

高校2年生はにもなれば、きちんと話すと、この程度のことは理解します。
女の子だからかもしれませんが。


これらは、仮説なのですが、生まれてからのスキンシップが多い子ほどこのようなことを理解できるようになるのではと考えています。
もちろん、スキンシップの一番はママです。そして、パパ、おばあちゃん、おじいちゃんのスキンシップも大切です。
また、おじさんやおばさんなどのスキンシップもいいですよね。
(スキンシップの表現方法は関係性により異なると考えています。→ママの抱っこが最強です。)


このようないいエネルギーをたくさん受けると、その子のエネルギー=パワーが大きくなるように感じます。
そのパワーは運がいいとか表現されます。あるいは、仲間が犯罪に加担したのに自分だけ拒否できる力(勇気)に変換されたりするのではと考えています。
これは、仮説なのですが、自分の人生を振り返ってもこのように感じます。


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posted by 利之 at 07:14 | Comment(2) | TrackBack(0) | 体験談>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月06日

少し面白いゲームを

知人のブログを見ていたら面白いゲームが載っていました。

禁断のゲームということです。

実際にやってみたら、なかなか的を得ている気がしました(笑)

それで、このゲームを載せてみます。

では、さっそく始めます。

ここからゲームです。

禁断のゲーム ...

これはたった3分でできるゲームです。
このゲームによりたくさんの人が幸せになりました。

人間の縁を力を使ったゲームで、実行すると願い事が叶ってしまう禁断のゲームです。

はじめる前に以下のことを約束してください。

◆絶対に先を読まないこと。
◆1行ずつ進んでいくこと。
そして願いが叶うと信じること。

たった3分ですから、ためす価値は充分にあります。
まず、メモをご用意下さい。
携帯のメモ帳でも構いません。
以下の手順にそってゲームを進めてください。
必ず1行ずつ進んでいってくださいね。

@まず、1から11までの数字を縦に書いてください。


A1番と2番の横に好きな3〜7の数字を書いてください。


B3番と7番の横に興味のある異性の名前を書いて下さい。


C4,5,6番の横にそれぞれ、自分の友達の名前を書いて下さい。


D8、9、10、11番の横に、好きな歌のタイトルを書いて下さい。


E最後に叶えたい願いを頭に浮かべて下さい。


ここまでで準備は終わりです。
下の結果が貴方をとりまく縁です。

※このようなゲームでした。この結果は続きをよむにてどうぞ。
 
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posted by 利之 at 07:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 体験談>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月30日

一瞬の決断と命、そして頑張っている自分へ

今年は1月1日から大変でした。
親戚のお姉さんが緊急入院、一時は覚悟してくださいと医師から言われたほどです。
母があまりにも心配するので、病院に行き、手術の経過を見守りました。
5時間余りの手術が成功しました。

今は退院しています。

原因ははっきりしないのですが、便秘が要因の一つです。
大腸の80%が壊死していて、大腸をほとんど摘出しました。
2か月前に大腸検査をした時には、何も異常がなかったそうです。

体の異変はいつ何が起こるかわからないと痛感しました。

緊急の場合に異常がみられたら、遠慮なく救急車を呼んだほうがいいです。
救急車で運ばれた場合は、病院に着くと優先的に治療を受けることができます。

親戚のお姉さんの場合はお正月で家族がそろっていたこと。
お正月から救急車を呼ぶと近所迷惑となること。

この理由で家族で運んだそうです。

血をはいて意識が混濁していたにもかかわらずです。
その為、病院で治療を受けるためにかなり待たされたそうです。

そして、バイタルサインが低下して、一時は覚悟してくださいというドクターの説明を受けました。

このようなケースは経験したことがない方がほとんどですので知っていると、いざという時に役立ちます。

父は救急車で運ばれましたが、私が病院に着いた時には心臓が止まっていました。
そして、その鼓動を再び聞くことはありませんでした。

私は、友人、親族を含めてこのような経験をしたことが何度もあります。

急に苦しみだした友人を病院に連れっていったときには夜間ということで見てもらえませんでした。
その為、別の病院に行ったのですがかなり待たせれました。

とても苦しんでいてもです。

病院にもルールがあるので、単純に非難はできません。
その為に救急医療があるのですから、緊急の場合は遠慮なく救急車です。

緊急であるかどうかは、主観で判断していいように思います。
一般的には医療の知識が少ないですから。

今回の場合や血を吐いて、意識が混濁して、その後意識を失ってしまったのです。
救急車を呼ぶのがベストだったと考えます。
結果として、助かったからいいようなものの、もしもの時は後悔が残ったかもしれません。


現在、親戚のお姉さんは回復して自宅療養をしています。

退院前に病院にお見舞いに行ったときに、このようなことを言っていました。

「大腸が90%以上なくなってしまったんだけど、もう少し早く手術をしていたら、こんなにとらなくても良かったんじゃないかな」

私にとっては命が助かって良かったということなのですが、本人の思いは異なります。


一瞬の判断で物事の展開は変わっていきます。


もちろん、離婚もそうです。

「思考して、判断して、決断する。」

決断するのは瞬間です。

そして、決断すると結果がでます。

最良の結果から最悪の結果まで、結果はいろいろです。

最悪の結果であったとしても、保留をして決断をしないよりはいいと考えています。


最悪の結果だとしても、一度でた結果について変えようがありません。

だから、結果が出たときはどのような結果であろうとも受け入れて、次のステップに進むことが大切だと思います。

その繰り返しが、今を生きていることだと思うのです。


時々、離婚した当時のことを考えますが、今の思いと、過去の思いには隔たりがあります。

今は結果を受け止めて、前に進むことができています。


後悔もほんとうに少なくなりました。

ここ数年の中でいろいろなことが起こりました。


離婚ということから切り替えて、今、こうして生きていることを噛みしめています。
このような想いに至ることがあるとは、当時は考えることはできませんでした。

でも、今はこのように思うことができたのです。


決断して、出た結果を少しずつ受け入れて、生きてきたからだと感じています。

大切なのは「思考して、判断して、決断して、出た結果を受けいれる。」

「どんな結果がでても自分を受け入れること、鏡に映った自分に、良く頑張っているなと声をかけてあげる」

そして、少しずつ次のステップに進むことのような気がします。


ブログを読んでいただいている皆さんは頑張っている方だと思います。

時には目いっぱい、ご自身をほめてください。

「よく頑張っているね」と。



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posted by 利之 at 15:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 体験談>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月19日

今日は

今日は父の3回目の命日です。

息子は父の家にある手作りの池にいるメダカをとても熱心に見ていたことを思い出します。

父が「また、見に来てね」と言ったこと。

息子がうれしそうに、「うん、また来るよ」といったことを思い出します。


息子と父が会ったのはそれが、最後でした。

父は3年前に突然亡くなりました。


夜中の3時くらいに、病院から電話がありました。

着いたときには、心臓が止まっていました。

そして、再び、心臓は動くことなく、そのまま逝きました。

あのとき、握った手にはぬくもりがありました。


お通夜、葬式という時間の経過のなか、冷たくなり、固くなっていくのです。

そのときに、死を実感しました。


父の財布の中には、私と息子と姪の4人の写真が大切にとってありました。

孫二人に囲まれた会心の笑顔です。


父の表情を思い出すときに、その笑顔が脳裏に飛び込んできます。

笑顔の思い出をくれた父に感謝するとともに、
孫にあまり、会わせてあげることができなかったという、少しの切なさがあります。


今は、離婚をしたことについての後悔はありません。

いろいろなことを徐々に受け入れるようになり、時とともに自分が変わっていったのがわかります。

これからも、いろいろあると思います。

自分の人生にチャレンジしていきます。

そして、かっこいい男になりたいと思っています。

私が考えるかっこいい男というのは、感情としては「息子にかっこいいと思ってもらえる男です。」

ただし、息子が「かっこいい」と思うかどうかは、息子の主観なのでわかりません。


だから、こんなことを考えています。

決断力・知識・知恵・経験・自信を磨いていいきます。

いろいろなことにチャレンジし続けます。

当然、今以上に収入をアップして、いつでも息子を援助できるようになります。


今考えている、「かっこいい」をこのようなものです。


いいことがあったり、悪いことがあったりします。

いいことも悪いことも、すべて自分の成長の糧となるのではないかと、考えることができるようになってきました。

少しずつ、あるいは急激に、変わることができると感じています。

今は、離婚した当時より、良くなっていると実感します。

そして、「かっこいい」を目指して人生にチャレンジしていきます。










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posted by 利之 at 10:02 | Comment(3) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月11日

6年ぶりに再会した友人2

「でも、ダメなんだ俺」

このように、言った後、彼はさらに続けた。


「子供にやさしくできないんだ。」

「80に近いばあさん(彼の母)にまかせっきりで。。。。うまくできないんだ。」


彼はこのように、話してくれた。

それから、今の彼の悩みや離婚までのいきさつなど、いろいろ話してくれた。


まったく、私と正反対だった。

彼自身は子供は母親といるのがいいと考えていた。

そして、親権は彼が臨んだことではなかった。

彼も離婚調停をしたのだが、その時は母親が育てるのがいいと話したということだった。


相手のほうは、子供は彼が育てて自分は好きな時に会いたいということだった。


結果的には彼が育て、2か月に1回、母親と子供があるういうことになった。


自分の場合はお互いが親権を主張し合ったのだが、彼の場合はお互いが親権を譲りあった。

いろいろ、聞くと私と正反対の体験だと強く感じた。

このようなこともあるのだ。


人それぞれ色々な選択があり、その選択により人生の流れが変化する。

行動を起こさなかったことや、言い出せなかった言葉をふと思い出すことがある。

「このように言っておけばよかった」とか、「やっておけばよかった」と考えたことはたくさんある。


離婚をしたこと、離婚調停をしたこと、離婚裁判をしたこと、とても大変だった。

でも、この行動に関しては後悔はない。

結果は思うようなことではなかった。

結果を恐れて何もやらなかったら、今、どれほどの後悔が残っていたのだろう。

彼との再会はこのように確信させてくれた。

人生は思うようにはいかないが、仮に、その時うまくいっても将来までうまくいくとは限らない。

「やりたいことをやる」「やるべきことをやる」

その結果をありのままにに受け止める。

このことが、とても大切なんだと確信した。


そして、彼はもうひとりの私なんだとも思えたのでした。

ついつい、結果に翻弄されてしまう。
それは、仕方がない、でも、そんな時は執着しているものから離れて客観的にみることも大切。

そのように思えたのです。



後悔して生きるのではなく、ありのままを受け止めて一瞬一瞬を大切にする。


不思議な偶然が教えてくれた。



大切な気づきを得ました。





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posted by 利之 at 04:11 | Comment(2) | TrackBack(0) | 体験談>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月04日

6年ぶりに再開した友人

きっかけは、偶然かかってきた電話でした。

6年ぶりでした。

久しぶりに飯でも食べようということになって、近所のガストで待ち合わせしました。

もちろん、お互いの近況も知りません。

少し年取ったけどお互いに変わっていない感じの会話。

もちろん、彼は私が離婚したことは知りません。
まして、離婚調停や離婚裁判をしたことなど、話したほうがいいのか少しためらいました。


でも、いずれ話すのだから、早く切り出したほうがいいと判断し、切り出しました。

「実は、俺、離婚したんだ」

それから、いきさつなど簡単に話しました。

まあ、いろいろあるよね。

このような反応でした。

そこから、最近の仕事の話などを彼がいろいろと話し始めました。

まあ、世間話といった感じです。


しばらくすると、彼が深刻な表情で「実は。。。。。」

少し話ずらそうな感じでした。

「俺も離婚したんだよ」

「えっ。。。。」と俺。


それから彼が話してくれたことは、深刻な話でした。

彼も5年前に離婚したということでした。

そして、彼の場合は相手(元妻)が子供置いて出ていったといいうこと。

当時、2歳と7歳だったそうです。

ローンが残っていた家を売却し、実家に戻り、おばあさんが子供たちの世話をしてきたそうです。

ほんとうに大変だったと言っていました。

当時2歳だった息子がひとりでご飯を食べられるようになったときに、涙がこぼれた。

その時に「彼の目はうるんでいました。」

「よくがんばってきたね。」

こんな言葉しか出てきませんでした。


「でも、ダメなんだよ俺」
ポツリと彼が言いました。

一瞬の静寂、彼の言葉を待つ私。

それから、彼が話してくれたことは、私の環境と全く逆の立場で、とても深く考えさせられる内容でした。

そして、彼の話からいろいろな気づきを得ました。

話が長くなるのでこの続きは次回にします。





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posted by 利之 at 22:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 体験談>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月03日

養育費について

毎月、月末に養育費を振り込んでいます。

離婚が成立してから時間がたっても子供との思い出は忘れがたいものです。

そして、よりリアルになるのが養育費を振り込む日です。

何かできるわけではないので、せめてこの養育費が役に立つようにというような思いでいます。


ところが、養育費を継続できない方もたくさんいるようです。

何かの拍子に、結婚してますかと聞かれます。

「×1です」とか「結婚してました」
このように答えているのですが、なんか慣れてしまってさり気なく普通に言います。

「お子さんは?」

「います、男の子」

「何歳。。。。。。」

このような会話が続くのですが、なぜか養育費の話になります。

払っているかどうかとか、いくらぐらいなのか聞かれることが多いのです。
やはりこの手のことは皆さん興味があるのかもしれませんね。


そして、毎月払っていることを言うと、かなりの確率で褒められます。

そして、決まって友人は養育費をもらえず大変だというような話が出てきます。

養育費は子供のためのものですが、皆さんいろいろな事情を抱えているのだと思います。



私自身、いろいろな事情を抱えて、離婚したのですが、時とともに冷静に振り返ることができるようになってきました。

以前は養育費の振り込み日には、何とも言えない複雑な気持ちになったものです。

子供に会うことができないことが、一番、つらかったのです。

その日は、相手を恨んだりする、自分の感情たいつもより出てきました。

ところが、最近はおだやかな気持ちでいることができます。

人間変われば変わるものだと思います。


さて、話は変わりますが、最近、6年ぶりに友人と会いました。

お互いの細かい事情は知らなかったのですが、あってビックリでした。

彼は、私とは全く正反対の立場でした。

奥さんが、子供を置いて出て行ってしまったのです。

そして、離婚調停を行い話し合った結果、彼が子供を育てています。

中1と小2とのことでした。

あまりにも、私のケースと真逆なので、驚くとともに、彼の複雑な気持ちも少し理解できました。

離婚裁判の時は、将来のことなんて冷静に考えることができなかったのですが、今は、「このようになっていくのだな」というような少し第三者の目でみることができるようになりました。


彼に聞いた話やここ1年間の私の心の整理を踏まえて、離婚について少し第三者の目で自分を見つめて話をこれから少しずつ続けささていきます。


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posted by 利之 at 20:19 | Comment(2) | TrackBack(0) | 体験談>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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