2011年08月24日

離婚の気持ちを片づけることと整理することのちがい

離婚調停や円満調停は調停委員という第三者を通した話し合いです。
話し合いといっても、実際にはかなり突っ込んだ内容になります。

不快に感じたり、一方的に感じたりするかもしれません。
調停委員は一般の人ですから、基本的には素人です。
(とても経験のある素人ですが)
なかなか、双方が納得できるところまでいかないのも現実です。

また、調停は成立する場合と不成立という場合があります。
かならず、白黒をつけるというものではありません。
この点が裁判とは異なります。

裁判は判決となるか、和解となるかですが、いずれにしてもはっきり結論がでます。
この点が調停とは異なります。

お互いが100%満足するなんてありえないです。

一方が納得できれば、もう一方は納得できないのは当たり前です。
どちらにとっても100%というのはありません。

ある程度納得できたとしても、不満は残りますし、全てが不満といことだってあり得ます。
そして、裁判が終われば、はっきりと結論はでます。

離婚が成立しても、成立しなくても、養育権が認められても、認められなくても、
面接交渉権があっても、なくても、判決には従わなくてはなりません。
だから、どんな方法をとっても勝つ為に悔いなく戦うことが必要です。
(それでも、必ず悔いが残ります。100%はないです。)

ということは、その後の考え方で人生が変わります。

よく、時間が解決すると言われますが、時間が経つといろいなことが薄れてきますが、
解決はしません。

過去を振り返るのは、ある程度の時間が必要です。
その長さは、個人によってちがうでしょう。
1か月程度で済む人もいれば、数年かかる人もいるでしょう。
また、十年以上かかる人もいるかもしれません。

でも、過去を変えることはできませんから、いつもでも過去にとらわれていては幸せとはいえません。

これは、過去(離婚)を片づけるのと、整理するということの違いです。

整理というのは、並べ替えたり、置き換えたりすることです。
片づけるのは自分にとって必要か、必要でないかを考え、不要なものを捨てることです。

いくら整理しても、あなたの幸せにとって必要のないものを残していることになります。

離婚気持ちを整理しても、なんとなくすっきりしたような気はしますが、並べ替えただけで必要のないものまでとってあります。
なかなか、自分では気づけないことですが、これが、少しずつあなたの心のゴミとなり、
あなたを苦しめる原因になってしまいます。

ですから、離婚の気持ちを片づける必要があります。
心の中にたまってしまっているちりやごみを捨てるのです。

気持ちという目に見えないものを捨てるのは、簡単にいきません。
これを捨てるといっても、もののように捨てられません。

ですから、きちんと順序をきめて、片づけることです。
私はなかなか気持ちを片づけることができませんでした。

ところが、父が急死したことや、自分自身が病気で入院したこと、命にかかわるようなことを経験したときに、行ったことが気持ち(心の中のごみ)を片づけるにつながりました。

実は、誰かの死や自分の病気を経験しなくてもできることです。
ほんの少しの勇気があればできることです。

本当に少しの勇気で大丈夫です。

まずは、あなたが気持ちを「片づける」ことと「整理する」ことの違いを認めることです。

ここからはじまります。

「片づけ」と「整理」このちがいを認めることができれば50歩ぐらい前進します。

心のを見つめるのはとてもつらいことです。
今見つめるのが大変だったら、時間をおいても大丈夫です。

心を見つめる勇気ができたら片づけはじめましょう。

片づけるコツは簡単です。

次回は私がした、片づけをお話しします。

気持ちを片づけることができると、本当にスッキリします。

そして、いろいろなものが見えてきます。






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タグ:離婚

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posted by 利之 at 14:36 | Comment(5) | TrackBack(0) | 体験談>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月19日

離婚と直面する。

裁判で離婚が成立するということは、戸籍に裁判離婚という記録が残るということです。

この事実をどうのように受け止めるかというのは人それぞれ考え方が違うと思います。

こういった書類もひとつ、ひとつ、もう一度見直していくと感想が違ってきます。

裁判で離婚が成立した当初は、判決を無理やり納得していた。

裁判所で決まったことなのだから仕方ないのだと。

それから月日が経過して、裁判の戦い方が悪かったのだと実感してきた。

戦い方に後悔もあった。

当初は正直に、誠実にと思っていたし、裁判でもそれは貫いた。

でも、以前にも書いたと思いますが、離婚調停とちがい、離婚裁判は戦いだから、有利か不利という考え方で嘘も方便でいいということに気が付いた。

相手がそうだったからよく分かったのだが。

世の中に真実とか事実はたくさんあるけど、裁判に真実や事実はないなと思ったのです。

そして、それは今もかわらない。

お互いの言い分が違うのだから、両者とも自分が正しいと主張するから争って裁判になるんだから、裁判官が信じられる妥当性を見つけられればいいのだし、過去の判例から逸脱しないようになるのは明白だ。

だから、情など断ち切って徹底的勝てる要素をみつける。

そして、証拠として提出し主張するこれだけだと思う。

離婚調停とか円満調停とか話し合いの段階ではまた対応がことなる。

裁判とはそういうものだと身に染みた。

そして、かなりの期間、頭の中でそういったことが思い出された。

自分は納得した、大丈夫だと言っていたが、本当はいろいろなことを考えていた。

時間の経過だけでは埋めきれないものもあった。

ところが、最近、そういったことがさっぱりなくなった。

いつも、心の中に占めていたおもりと、霧がなくなった。

心の中のヘドロがなくなった。

いろいろなことをすっきりと考えられるようになり、体調も良くなった。

更に、太りがちだった体重は7キロも落ち、あらゆる面でスッキリしているのだ。

人間考え方により、ここまで変わるのかと思う。

そして、スッキリする前の行動を思い出した。

このことは次に話します。

離婚に直面し、相手に不信感を持っているとき、心は重く、体も重い、霧も晴れず、

焦り、怒り、悲しみ、後悔など本当にいろいろな感情がわいてくる。

でも、これだけはわかった、少し時間が必要かもしれないが、心のあり方で今がどんなに逆境でも生きていれば必ずよくなります。

良くなりたいと願えば本当によくなります。

今を悲しんでいる方、苦しんでいる方、悩んでいる方、必ずよくなるから生きていこう。

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posted by 利之 at 05:57 | Comment(6) | TrackBack(0) | 体験談>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする